大阪地方裁判所 昭和57年(ワ)9654号 判決 1983年11月29日
原告(選定当事者) 甲野太郎
選定者 甲野花子
被告 日高明美
右訴訟代理人弁護士 瀬戸精二
同 瀬戸俊太郎
主文
一 被告は、原告および選定者甲野花子に対し、各金二〇万円およびこれに対する昭和五八年一月九日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用はこれを三分し、その二を原告、その一を被告の各負担とする。
四 この判決は原告勝訴部分に限り仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 原告
1 被告は、原告に対し、金三〇万円、選定者甲野花子に対し、金一一二万三一九〇円および右各金員に対する昭和五八年一月九日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
との判決および仮執行の宣言。
二 被告
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
との判決。
第二請求原因
一 原告とその妻選定者甲野花子(以下、花子という。)は、昭和四九年九月初めころ、堺市《番地省略》所在の木造瓦葺二階建七戸一棟の建物のうち南から二戸目の建物(以下、原告建物という。)を買入れ、一階を店舗として、二階を住居として使用していた。
二 被告は、昭和五七年五月ころ、原告建物の南隣りの建物の一階(以下、被告建物という。)を賃借し、同年六月ころから「サンシャイン」の屋号でスナックの経営を始めた。
三 原告建物および被告建物の附近は住宅地帯であるのに、被告は、被告建物内にカラオケの設備をし、毎夜午後七時ころから午後一二時すぎまで歌謡曲等の音楽を音量を上げて流したため、被告建物の北側に隣接し、棟割長屋同様の板張りの壁一重で区分されただけの原告建物に居住する原告ら家族がその騒音により家庭生活の平穏を害された。
四 原告は、被告に対し、カラオケの音量を下げて流すよう申入れたが、被告がこれに応じないので、昭和五七年八月中ころ、堺東警察署に被告の深夜に及ぶカラオケ営業の自粛を説諭されたい旨申立て、同署から被告に対し、一〇数回にわたり近所迷惑になるような営業を慎しむほか防音工事をするよう指導がなされた。しかし、被告は申訳程度の工事をしたものの、完全なものではなかったので、原告は、同月末ころ、堺市役所公害課に依頼し、同月末ころ、同年九月三〇日、同年一〇月七日の三回にわたり、午後八時から午後一二時までの間の騒音の測定がされたが、その結果は同地区における基準をはるかにこえていた。
五 原告、花子は、被告の右不法行為により次の損害を蒙った。
1 原告は、広告および看板等の製作を業とする乙山工芸社に勤務し、主として広告、看板の注文を担当し、その売上により毎月平均三〇万円の報酬を得ていたが、花子が騒音により発病、入院したことにより、原告の営業活動は大きな制限を受け、昭和五七年九月中ころから二か月間収入が半減し、多大の精神的損害をも蒙った。原告の逸失利益と慰藉料は合計三〇万円相当である。
2 花子は、右騒音によりノイローゼが募り、昭和五七年一〇月三日午前二時三〇分ころ、錯乱状態に陥り同日午前九時すぎに再度発作が起ったため救急車で田中病院に運ばれ、同月五日から同年一一月二日まで植田病院に入院し、心因反応不眠症、イライラ、不安感等の病名で治療を受けたが、その後も不安定な精神状態が完全には回復していない。花子は、治療費として一二万三一九〇円を要し、またその精神的損害に対する慰藉料は一〇〇万円とするのが相当である。
六 よって、原告は、被告に対し、不法行為による損害賠償として、原告に金三〇万円、花子に金一一二万三一九〇円および右各金員に対する本件訴状送達の日の翌日である昭和五八年一月九日から支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
第三被告の認否および主張
一 請求原因一の事実中原告と花子が原告建物に入居していることは認める。同二の事実は認める。同三の事実中原告建物および被告建物の附近が住宅地帯であること、被告は、被告建物内の店舗にカラオケ設備をして音楽を流したことは認めるが、その余の事実は否認する。同四の事実中被告が原告から抗議の申入を受け、堺東警察署から指導を受けたこと、市役所公害課が昭和五七年九月三〇日と同年一〇月七日の二回にわたり騒音測定をしたことは認めるが、その余の事実は否認する。同五1の事実は否認する。同五2の事実中花子が同月三日に田中病院で治療を受け、同月五日から同年一一月二日まで植田病院に入院したことは認めるが、その余の事実は否認する。
二 被告建物内からの騒音について、昭和五七年九月三〇日と同年一〇月七日の二回にわたり測定が行われ、一回目は多少基準をこえていたが、二回目は防音工事の結果基準をこえてはいなかった。
三 被告は、被告建物でスナックを始める前に天井に防音工事を施し、昭和五七年九月一五日、隣家との境の壁に吸音板をつけ、さらに、同年一〇月七日、天井と壁に吸音板と断熱材をとりつける工事を施工した。
四 被告は、昭和五七年一〇月一日以降は被告建物で一切営業を行っていない。
第四証拠《省略》
理由
一 《証拠省略》を総合すると、次の事実が認められる。
1 原告とその妻花子は、昭和四九年九月ころ、原告建物を買入れて入居し(原告と花子が原告建物に入居していることは当事者間に争いがない。)、一階をお好み焼の店舗、二階を住居として使用していたが、昭和五五年ころから右店舗での営業を廃止した。
2 被告は、昭和五七年五月ころ、原告建物の南隣りの建物一階を賃借し、同年六月ころから「サンシャイン」の屋号でスナックの経営を始め、被告建物内の店舗にカラオケ設備をして音楽を流した(この事実は当事者間に争いがない。)。
3 原告建物および被告建物附近は住宅地帯で(この事実は当事者間に争いがない。)、第二種住居専用地域に指定されているところであった。被告は、店を始める前に天井裏に吸音板や断熱材を入れて防音設備を施し、被告建物内の店舗で昭和五七年六月八日ころから毎夜午後七時ころから午後一二時すぎまで音量を上げてカラオケの音楽を流したので、板張りの壁で区分されただけで北側に隣接する原告建物内までその騒音が激しく、原告と花子の安眠が妨げられるなど家庭生活の平穏が害されるため、原告は、同月一四日、堺東警察署に相談し、同日夜はパトカーがきて被告方に注意をした。カラオケの音量は同月一五日、一六日には多少小さくなったが、同月一七日から再び大きくなったので、原告は、同月二〇日、被告に対し、カラオケの音量を下げて固定してほしい旨を申入れたが、被告はこれを拒否し、音量を下げるとか、深夜の音楽をやめるとかの措置を一切とらなかった。原告は、その後も、同月二四日午後一一時五〇分ころ、騒音にたまりかねて電話で被告に抗議をし、同月二六日午前二時ころには余り遅くまで音楽を流すので一一〇番に電話してパトカーを呼んだが、被告の態度は改まらなかった。
4 被告は、昭和五七年九月一五日ころ、原告建物と被告建物の境の壁に防音板を入れる工事をした。堺市役所公害課では、原告の依頼により、同月三〇日午後一〇時ころから午後一二時ころまで、原告建物一階において被告建物からの騒音の測定をしたところ、同地域の騒音排出基準と定められている音量を相当こえた騒音が発生していることが判明した。
5 そこで、被告は、昭和五七年一〇月二日ころから同月八日ころまでの間に、被告建物の天井、原告建物との境の壁に吸音板と断熱材を張りつける工事を施工した。堺市役所公害課では同月七日午後九時一〇分ころから午後九時四〇分ころまで原告建物の一階店舗内で被告建物からの騒音の測定をしたところ、音量はおおむね同地域の騒音排出基準内となっていた。
6 被告は、昭和五七年一〇月三日ころ、原告や近隣住民らから近所に迷惑をかけないよう転業するか、それがだめなら音量を下げてやってほしい旨の申入れを受けた。被告は、同月一日ころから防音工事のため被告建物内でのスナック営業を休止していたが、同月末ころ、営業を廃止して右建物を退去した。
以上の事実が認められ、右認定を左右できる証拠はない。
右事実によると、被告は、被告建物附近が住宅地帯であり、被告建物と原告建物とは七戸建一棟の建物のうちの二戸で隣合わせとなっており、その境は板張りの壁だけであることを承知しながら、昭和五七年六月八日ころから同年九月末ころまでほとんど連夜にわたり、午後七時ころから午後一二時ころ、時には午前二時ころまでも店内で同地域の騒音排出基準と定められている音量を相当こえた音量でカラオケの音楽を流し、原告からの苦情申入にも応ずることなく、原告建物内に居住していた原告および花子の安眠を妨害し、その家庭生活の平穏を著しく害し続けたものであることが認められるから、被告の右行為は原告および花子に対する不法行為を構成するものというべく、被告は、右行為によって原告および花子に生じた損害を賠償すべき義務がある。
二 次に原告および花子の損害について判断する。
1 花子の治療費
《証拠省略》によると、花子は、昭和五七年一〇月三日午前二時二五分ころ、突然音がこわいといって部屋のすみにかくれるなどの異常行動を起したので、同日、田中病院に救急車で運ばれ診断を受けたところ、精神科で診察を受けることを勧められ、同月五日から同年一一月二日まで植田病院に入院して治療を受けたが、その病名は「心因反応」というもので、症状としては不眠、イライラ、不安感が著明でノイローゼ気味であったこと、花子は、田中病院に一万九〇二〇円、植田病院に一〇万四一七〇円、合計一二万三一九〇円を支払ったことが認められる。
ところで、原告は、花子の右ノイローゼ状態が被告建物からの騒音によって発生したものである旨主張するけれども、右事実に前記一で認定した事実を合わせ考えると、花子が異常行動に出た日は被告が被告建物での営業を休止していてカラオケによる音楽が流されていなかった日であって、被告建物からの騒音自体が直接の契機となったものではなかったことが認められるうえ、もともと夜中とはいっても隣家のカラオケの音楽が聞こえるというだけで、通常右の如き異常行動の生ずる状態になるものとは考えられないし、《証拠省略》によると、花子は、被告の営業開始以前から既にいわゆるノイローゼの状態を呈することがあったことがうかがわれるから、花子の右の病気が被告の右不法行為によって生じたものとは直ちに認定し難く、他にその因果関係を認めるに足る証拠は存しない。
したがって、花子の右治療費は被告の不法行為によって生じた損害ということはできない。
2 花子の慰藉料
前記一の事実によると、花子が被告の右不法行為により家庭生活の平穏を害され、多大の精神的苦痛を受けたことが認められ、右不法行為の態様、その継続期間、被告が原告申入に対して防音工事等の措置を講じた末結局営業を廃止したことなどの事情を考慮すると、花子の右精神的損害に対する慰藉料は二〇万円とするのが相当である。
3 原告の逸失利益
《証拠省略》によると、原告は、昭和五七年九月ころから看板製造業の乙山工芸に勤務したことが認められる。
原告は、花子が騒音により発病入院したことにより、原告の営業活動が制限され、同月中ころから二か月間、月平均三〇万円の収入が半減した旨主張するが、花子の発病、入院が騒音によって生じたものとは認められないことは前記1のとおりであり、また原告の収入が被告の不法行為によって減少したことを認めるに足りる証拠はない。
4 原告の慰藉料 二〇万円
前記一の事実によると、原告は、被告の不法行為により家庭生活の平穏を害され、多大の精神的損害を蒙ったものと認められ、本件不法行為の態様、その継続期間、その後の経過等の事情を考慮すると、原告の右精神的損害に対する慰藉料は二〇万円とするのが相当である。
三 そうすると、原告の請求は、原告および花子が被告に対し、各金二〇万円およびこれに対する本件訴状送達の日の翌日であることが本件記録上明らかな昭和五八年一月九日から支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるが、原告のその余の請求は理由がない。
よって、原告の請求は主文第一項掲記の限度でこれを認容し、その余の請求を棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条本文、仮執行の宣言につき同法第一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 山本矩夫)